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兵庫県

デイリースポーツがお届けする、プロレス・ボクシング・格闘技・etcの総合情報サイト「特選格闘技」スタッフの一人。神戸本社に勤務しており、関西での興行やイベント等には自ら足を運んで取材することも。ブログのタイトルは、プロレスの「ロープブレイク」と“ほっと一息”の「ブレイクタイム」を合わせたもの。ニュースの補足やちょっとした裏話まで、様々な話題を更新していきます。

大阪プロ本拠地会場閉鎖へ...それでも我らは未来へ進む

2014年1月26日 20:08

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 大阪プロレスが1月25日の特別興行後、今後の団体についての発表を行いました。本拠地会場の「ナスキーホール梅田」から4月いっぱいで撤退、巡業スタイルに変更するとのことです。今回の発表は、切迫している経営状態が表面化したといえます。


大阪プロレス本拠地から撤退...消滅も


 大阪プロは団体初期から常設会場を保持。ナスキーホールは3カ所目の会場でした。長らく続けていた興行形態を大幅に変更することになります。今回は阪上雄司会長の発表の言葉の詳細、そして興行後に生え抜きの若手選手らに聞けた"生の声"をお届けします。

 

◇    ◇


 特別興行の全試合終了後、阪上会長が単独でリングに上がりました。発言はなるべくそのまま書き起こしています。

 

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 阪上会長「皆さんこんにちは。楽しんでいただいた後に、少し流れが変わる話になるかもしれませんが、私のほうからご報告があります。少しだけお時間よろしくお願いします。

 大阪プロレスは今年の4月29日をもちまして、15周年を迎えることになりました。ありがとうございます。私のほうも、2007年から大阪プロレス、フェスティバルゲートを退転したあと、創業者のスペル・デルフィンから引き継ぎまして、常設会場にこだわり、そして地域密着で大阪プロレスを続けたい。ただし、今の状態では非常に苦しいと、大変だということで、大阪中の色んな、私も後押し、大阪プロレスのスポンサーをさせていだだいていた一人なんですけど、色んなところで相談があった中で、なんとかこの大阪で可愛がってもらっている大阪プロレスを、一年でも二年でも、そういう形で残したいということで、全然プロレスを分からなかった私が、頑張る選手たちを見て、協力させていただこうと思って、大阪プロレスの代表に就かせていただきました。」

 

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 阪上会長「ただ、選手たちもそれから約7年、頑張ってくれました。スタッフも頑張ってくれましたが、この、毎日皆さんの前で、リングで戦うという、この常設会場を持ってやるというスタイルは、やはり、我々大阪プロレスには、残念ですが限界がきました。

 そこで大阪プロレス、大きな決断をさせていただこうと思い、今後、今年4月の周年以降、5月からは、プロレス団体のほとんどがそうであるように、大阪が中心ではありますが、巡業をさせていただき、一試合でもお客さんの前で、こうやって、大会を開けるように、頑張っては行こうとは思うんですが、スタイルを変えて、また新たな挑戦をさせていただきたいと思います。」


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 阪上会長「当然、我々がこうやって、私は7年目なんでうすが、大阪プロレスは15年やってきて、15年ということで、先輩のレスラーも年を重ねました。そのぶん、若かったレスラーは実力をつけて、今も夢を見て頑張っています。大阪プロレスは皆さんに支えてもらいながら頑張ってきた団体なので、私もこの4月末以降、いち営業マンとなって、ポスター張りや、宣伝や、興行のためのチケット販売や、プロモーションということをやさせてもらって、ここにいらっしゃる皆さん、大阪プロレスを楽しみにして下さっている皆さん。そして、一大会でもリングに上がりたい選手のために、私にできることをもう一度、イチからやらせていただき、大会を開いていきたいと思います。

 当然、ガムシャラにやるだけではなく、私も色んなところに行動を取り、新しいプロジェクト、新しい企画も今後考え、すでに今、行動をしています。今すぐ皆さんに発表することはできませんが、必ず、この皆さんに可愛がっていただいた大阪プロレスの灯を消すことなく、私も先頭に立って、4月以降も残して頑張っていこうと思いますので、どうか皆さん、少しでも、大阪プロレスに力を貸してくださいますよう、私のほうからのご挨拶で、ご協力いただきたいなあと思います。

 本当に選手たちは頑張りますし、本当に一大会でもできるようにというのを、今でも、プロレスを愛しているやつ、レスラー沢山います。なので、一年の間に、一大会、一大会が増えていくのを、私が先頭に立って努力していきますので、皆さんよろしくお願いします!」



 このあとリングを降りようとする阪上会長に、ファンの一人から「それなら5試合してください!土・日に3試合じゃなく、5試合見せてください!」という声が飛びました。この日は発表のために特別興行にとなっており、3試合しか組まれていませんでした。

 この声に、阪上会長は再びマイクを握り「選手のスケジュールもありますが、選手たちとも話し合って、5試合のメンバー揃って、ナスキーホールで4月29日までの間にできるように頑張ろうと思います。お越しください。」と返答しました。

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◇    ◇

 

興行終了後に、数人の選手に話を聞くことができました。

 

◆瀬戸口直貴選手

 大阪プロの生え抜き選手。肩の怪我に悩まされながらも努力を重ね、今では正規軍のキャプテンを務めるまでに成長しました。ファンからも選手からも厚い信頼を得ています。

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 瀬戸口選手「やっぱり『寂しい』というのが一番大きいですね。自分がデビューした時にはもう、常設会場スタイルになっていましたし。ナスキー撤退で、どういう形態になるかはまだわからないですけど、大阪プロは『火曜日以外、いつでも見られる』というのはデカかったと思います。大阪プロという文化を無くさないためにも、定期的にするには難しいかもしれないですけど、まずは試合をする場を作り出していく、というのが大事だと思いますね。これまではコンスタントに試合ができてましたけど、それが失われていくと、皆さんの中で大阪プロというものが薄くなっていくと思うので。そういう部分が、これからのカギを握っていると思います。

 常設会場から撤退して、大阪プロの"いつでもプロレスが見られる"というスタイルは無くなってしまいますが、選手一同が揃う場は何かしらできると思うので。その時にはみんな、全力を出して戦って"大阪プロの魂、ここにあり"というのを見せてくれるはずです。興行形態が変わっても、大会を行う時には、ファンの皆さんに見に来てほしいと思います。」

 

 

◆アルティメット・スパイダーJr選手

 大阪プロの生え抜き選手。一度はルード入りしましたが正規軍に復帰。身体能力の高さとガッツで沸かせる、会場人気も高い"トリッキーヒーロー"です。

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 スパイダー選手「うーん、団体の決定なので。僕個人的にはナスキーホールという会場は好きだったので、大阪プロが離れてしまって、この先どうなるのかが見えないというのが寂しいですね。一選手としては、興行があって、お客さんが来て、試合ができる...という環境があるのであれば、それについては前向きに考えています。お客さんも寂しい気持ちだと思いますけど、イコール、全てが終わりじゃないので。これからも、選手がいて、お客さんがいて...ということは変わらないですから。実は僕は、もう大阪プロの所属選手ではないんです。この一年間は、専属フリーという契約でやってました。僕個人的には、今回の発表ですぐに引退するようなことはないので。

 大阪プロという団体でプロレスを知って、プロレスを好きになってくれた皆さんには残念な報告かもしれませんが、プロレスの良さを皆さんが分かってくれているならきっと、未来は明るいはずです。我々選手たちはプロレスを愛し、楽しんでいます。皆さんも、これからもプロレスを愛して、楽しんで観戦してください。」

 

 

◆タコヤキーダー選手

 シリアスもお笑いもできる、大阪プロの生え抜き選手。スパイダー選手との"タコスパ"は団体を代表するタッグチーム。その風貌からちびっこファンが多い選手です。

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 タコヤキ選手「率直な思いは『寂しい』のひと言ですね。自分たちは常設会場があったからこそプロレス一本でやってこれた。それが..."メジャー"じゃないですけど『俺たちは他のインディー団体とは違う。大阪プロレスだ!』というのが、僕の中でのプライドだったので、それが無くなってしまうというのは、やはり寂しいです。でも、まだ大阪プロが潰れるわけではないので。これからも大阪プロのタコヤキーダーとして頑張ろうと思っています。所属の僕が言うのもナンですけど、大阪プロは大阪のシンボルというか、なくてはならないものだと思うんです。会長も潰さないと言ってくれているし、僕たちももっと働きかけて、試合ができるようにやっていきたいです。

 会場が無くなってしまうということで寂しいですけど、大阪プロレスが潰れるわけじゃないし、僕はこれからも大阪プロのタコヤキーダーとしてずっとやっていくつもりなんで、どうか応援よろしくお願いします!」

 

 

◆三原一晃選手

 プロレス教室から入門、デビューを果たした、大阪プロの生え抜き選手です。巨体を生かしてのパワーが持ち味。ルード転向してからは大活躍を見せています。

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 三原選手「大阪プロのスタイルといえば常設会場だったので、正直、そのスタイルが無くなってしまうといのは、かなり寂しいです。自分は小さい頃からファンとして大阪プロを見てきた人間で、大阪プロに入りたくて入門して、デビューして。今年の5月でデビュー6年。さあここから、という時に常設会場が無くなってしまうのは痛いなぁ、というのがあります。これからのことを考えると、不安のほうが大きいです。会長は"新しいプロジェクト"とか言ってましたが、正直、楽しみというより、不安しかない。お客さんも不安でしょうけど、僕らも全く先が見えなくて、どう動いていいかわからない状態です。でも、この場所で4月いっぱいまでやるとのことなので、それまでは一試合一試合、悔いなく、楽しんで試合をしたいと思っています。目の前のことをひとつずつやっていくしかない。

 今年の4月で大阪プロは15周年。昔から大阪プロを見て下さっている方、ナスキーホールに来てから大阪プロを知ってくれた方、沢山の色んなファンの方がいると思います。ファンの方々に支えられてここまでやってこれました。本当に『ありがとう』のひと言です。感謝の気持ちしかありません。これから大阪プロが巡業団体になっても、選手への変わらぬ声援、後押しをよろしくお願いします。」

 


◆タイガースマスク選手

 大阪プロ生え抜き1号としてデビューした"ミスター大阪プロレス"。高い実力と常人離れした発想力を併せ持った、類まれなるレスラーです。

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 タイガース選手「MUSAKU。」

 

 

◆ブラックバファロー選手

 大阪プロの旗揚げメンバーで、中心選手として活躍する一方、副社長としても奮闘。リング内外から団体を支え続けてきました。

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――ナスキーホール撤退の発表への、率直な思いを。

 

 バファロー選手「結局、色んなものを隠して、いいとこだけを見せようとしても仕方がない。経営ができないと。出てもらう選手にはギャラを払わなければいけない。ただ単に常設の会場だからできないということではなく、我々大阪プロの営業の仕方だとか、情報の発信の仕方とかが十分じゃなかった、というのもあったと思うんですけど。大阪プロは土・日も含め、火曜日以外は毎日試合をしてきた。でもそれで赤字が続いていて、黒字が出せない状態になっていた。それを一番圧迫していたのが、ナスキーホールの家賃という部分なんですよ。単純にナスキーの家賃と興行回数を割った場合、全然追いつかない。

 大阪プロはいつでも大阪に行けば、常設の会場でプロレスが見られる、というイメージが定着していたので残念ではありますけど。まあ、日本の最大手の新日本プロレスさんとか、世界的に有名なWWEさんとかも常設会場を持っていない、やらないというのが答えなのかもしれません。プロレスというのものは旅をしながら、その地その地で、新しいお客さんに見せていくものなのかなぁ...という気もしています。それに移行したからといって、簡単に経営が上向くとは考えていませんけど。」


――この先の大阪プロへの不安を感じているファンも多いと思いますが。


 バファロー選手「発表の通り、ナスキーホールからは4月いっぱいで出ます。5月までには出ていかなければいけない。旗揚げ15周年の4月29日は、会場としてIMPホールは押さえてありますけど、じゃあ4月28日までここにリングがあるかというと、それはない。具体的な日は決まっていませんが、ここの退去作業に入らなければいけないですから。そういう日程とかは決まり次第、随時発表していかなければならないでしょう。

 ナスキーホール撤退後の5月、6月にどこで試合をするのかというのも、阪上会長と部長が動いてはいるらしいです。まだ私は情報を聞いただけですが、区民センター的なところで月に一回、二回を目処に、確実に黒字を出せる興行を目指していこうと。今回は明確な規模縮小ではありますが、確実に黒字に、そしてお客さんに喜んでもらえる興行を作り出していこうと考えています。」


――こけら落としの日、バファロー選手は「東の後楽園、西のナスキーと言われる格闘技の聖地に」と語っていましたが、その夢は叶いませんでした。


 バファロー選手「残念ですね。ただ、大阪プロが着手するのか、他の団体さんが着手するのか、後楽園ホールのような、格闘技といえばここだよ、みたいな会場が大阪にひとつあってもいいと思うんです。それを探すという部分でも、阪上会長に努力をしてもらいたいという思いはあります。ナスキーホールが志半ばで消滅してしまうのは、本当に悔しいですね。」


――ナスキーホールでの経験を生かしていく。


 バファロー選手「常設会場を出ても、我々プロレスラーがやることは変わらないでしょうし。」


――最後に、ファンへメッセージを。


 バファロー選手「いいニュースを届けていきたいという思いだったんですが、本当に申し訳ありませんでした。」

 

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◇    ◇


 常設会場からの撤退が発表され、選手たちの思いは様々です。ただ興行形態が変更になるだけではなく、この先、契約更改などで大きな動きがあるのは確実。大阪プロ存続に関わるほどの話になっていくと思われます。

 なんとか今を乗り越えようと内側を向いている選手もいれば、すでに外側を見つめている選手もいます。それぞれ立場は違い、大なり小なり不安を抱えながらも...どの選手も気持ちは前向きです。実際この発表があった夜も、控室では笑い声が絶えませんでした。

 

 「どんなことがあっても大丈夫です。僕らのモチベーションが下がることはありませんから」

 

 「試合ができる環境があれば、そこで全力で戦うだけ。僕らはプロレスラーなんで」

 

 そんな言葉を何度も聞きました。この先、この問題がどういった方向に向かうかはわかりません。ただ少なくとも...選手たちには明るい未来が待っている、そう思うのです。

 

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